続・少し不思議な話
こんばんわナオトです。
前回から結構時間が空いてしまいました。
彼女にまつわる不思議な体験をつらつらと書いていたのですが、
「なぜ彼女が生き急いでいたのか」
という疑問がいつも周りの人間には付き纏っていました。
そしてそれは彼女の死後に彼女のお父さんから聞かせてもらった話で少し納得出来たような気がします。
時は少し遡って彼女が事故にあった当日の事です。
ご両親は当然の如く病院に駆けつけ彼女の病室に行きました。
そして病室の扉を開けて、ベッドに横たわる自分に娘を見た瞬間、「お前だったんかぁ...!」
とお父さんは思ったそうです。
というのも彼女のお父さんには昔から不思議な体験をたまに経験する方で、娘が生まれて以降頻繁に見るある夢があったそうなんですね。
その内容というのが
自分が病院に駆けつける、病室を開ける、するとそこに女性が寝ている、というものでした。
ただ毎回その女性は
「扉を開けると同時にパッと顔を背けてしまう」
そうです。
何十回も同じ夢を見たけどいっつも寸前で顔を背けて誰だか分からなかったんだよ、と。
そして今回娘の病室の扉を開ける瞬間にふと予感めいたものがあり、扉を開けたその部屋は幾度も見て細部まで覚えているあの夢の中の病室だったそうです。
そして現実には顔を背けず目を閉じている女性、それが彼女だったんです。
なのでお父さんは
「きっとあの娘は産まれてきた時から死ぬ日は決まっていて、俺もそれを本当は知っていたのかもしれない。」
そう仰っていました。
そして
「それであの娘はきっとナオト君の命を救う為に産まれてきたんだよ」
とも。
もう何て言っていいのか。
本当に言葉にならなかったです。
事実それ以降、以前の記事に書いたように僕の病状は劇的な回復を遂げました。
僕自身も本当に命を貰った実感はあったし、悲しみと後悔と感謝と、いろんな気持ちが入り乱れました。
そうまでしてくれた彼女にこんな不甲斐ない自分は何をしてあげれただろう。
一体何を彼女に与えてあげれたのだろう。
きっと考えても悩んでも答えは出ないし、全てに感謝して「今を生きる」事しか僕にはできないのだと思います。
でも今を生きるって本当に簡単で難しくて。
時が経つと人は忘れていく生き物だし、感謝の気持ちが薄まっていく時もあると思います。
ただほんの少しの間でも生きている幸せをふと顧みる瞬間がこの記事で誰かに与えられたのなら僕も彼女も幸せです。
自分自身への自戒の念も込めて。
読んでいただいてありがとうございます。